業界の実情・常識

 私は,ある大先輩から,「検事は非凡なる常識人でなければならない。」「我以外みな我が師なり(吉川英治氏の言葉)。」ということを教えられました。そのためには,日々接する被疑者や参考人から,事件のこととは別にその人たちが属する業界の話を少しずつでいいから聞きなさい,そして本も読みなさいといわれました。

 検察官は,もとより森羅万象に精通しているわけではありませんから,ある業界で起きた事件・事故を捜査対象とする場合には,当該捜査対象企業の関係者,被疑者だけでなく,その業界に属する他社の関係者,所管行政官庁の担当者,その分野の専門家等から広く事情を聴取するなどして,業界における慣行,実情を解明した上で,事件立件の可否,要否を判断すべきであると思います。そういう手順を踏まずに机上で結論を出し,その結論にそぐわない証拠は無視し,そぐわない供述は嘘であるとして排斥し,その結論に見合う証拠だけを集めて起訴するようなことをすれば,たとえ事件が無罪になったとしても長期間にわたり起訴対象者を被告人席に縛り付け,本人はもとより,その家族,関係者等をも回復困難な悲惨な状況に陥れることになりかねません。検察官にはこのことをよくよく理解してもらいたいものですし,弁護人としては,そのような不幸な結果とならないよう,検察官に正当な判断をしてもらうための材料・資料を提供すべきであると思います。

 そして大きな事件・事故の場合,マスメディアの果たす役割も重要です。捜査機関からの一方的な情報を報道することによって世論を一定の方向に誘導してしまいがちですし,取材攻勢が,時には関係者を自殺に追い込むことにもなりかねません。冷静・公平で,深みのある報道をしてもらいたいものです。