[事例] 未公開株詐欺事件

 被告人は,もう1人の被告人とともに,未公開株の購入代金名下に金員を詐取しよと企て,A・B両社が,株式を証券取引所に上場する予定がないのに,両社の株式が近々上場される予定であるかのように装い,「上場時の公開予想価格は,B社が9万5000円位(今回放出値3万5000円),A社が50万円位(同25万円)とされ,初値は2社とも2倍以上と期待されております。」「上場時期は,B社が平成18年春,A社が平成18年春から夏をめどに準備中です。」などと嘘の事実が記載されたダイレクトメールを被害者7名に郵送するなどして,その旨誤信させ,現金等合計約1億1650万円を欺し取った,として平成20年に起訴されました。検察官は,本件当時上場の計画,準備が全くないことを主張立証すると釈明していました。

 被告人らは,無罪を主張し,裁判所は,本件犯行当時,A・B両社とも実際に上場準備をしており,また,被告人らは,被害者らを「A社等が平成18年春ないし夏に確実に上場する」との誤信に導いているわけではなく,さらに被害者,被告人の主観的認識等に照らしても,本件各行為は,刑法上の欺罔行為(人を欺す行為)とは評価できないから,その余の点を考慮するまでもなく,詐欺罪は成立しないとして無罪を言い渡しました。
 検察官が嘘だと主張した事実が,実際にあったと認定されているわけですから,無罪は当然であり,おまけに,時期は遅れましたが,A・B両社を子会社化した新会社C社が本件審理中の平成22年12月に実際に上場したのですから,無罪はますます当然であり,開いた口が塞がりません。

 本件の捜査・公判の異常性を示す事実をいくつか挙げて問題点を検討してみたいと思います。検察官は,決して本件のような捜査・処理をしてはいけません。

1 証拠

裁判所が,「当事者間におおむね争いがなく,信用性に争いのない証拠によって認められる事実関係」を認定するために用いた証拠のほとんどが弁護人提出証拠でした。
ここには,A・B両社がC社の完全子会社となり,C社が上場されるまでの経緯が認定されて,記載されていますが,有価証券上場規程といった最も基本的な証拠,株式上場に至る一般的なスケジュール及び証券市場の動向,社会的・経済的状況等諸般の事情によって,当初の上場スケジュールどおり進捗しない場合も多く見られるといった基礎的な事実関係を認定するための証拠,株主総会におけるA社代表取締役の発言内容,A・B両社等の上場の動きを報じる経済新聞・業界新聞・ビジネス情報誌の記事等の証拠が弁護人側から提出されています。これは,基礎的な捜査を捜査機関側が行っていなかったことを示していると思います。
一方,検察官が提出した主な証拠は,A社等が「平成18年春~夏に上場する予定はなく,かかる上場予定を公表したこともなく,上場による公開予想価格は50万円位との説明も含め,かかる説明は虚偽といわざるを得ません。」「平成18年春~夏に上場予定である旨の虚偽の説明をし,不当に高額な価格により売買の勧誘を行っているとすれば,貴社の行為は詐欺に当たるおそれもあります。」などと記載された,被告人らに宛てた警告書,A社の「当社が近々上場する予定であるといった内容にて勧誘している例が見受けられますが,当社は上場に関しての具体的な予定は決まっておりません。」などと掲載されたホームページの記事や,A社等の顧問弁護士であり,上記警告書を出した主体でもある証人Dの証言等でした。
Dの証言は,C社が上場するに至る客観的な事実経過が物語る意味合い(上場に向けた施策であること)に反する上,A社等が行ってきた対外的な説明に拘束されて上場に否定的な証言をしたことが明らかであり,上場が実現した現時点から振り返って考察すると,その証言時期はまさに上場に向けた最終準備が秘密裡に進められていた時期であって,平成15年ころから各種施策が上場に向けたものであることを同人が法廷で明らかにしてしまうと,既に流れていた上場観測を裏付けてしまう可能性があり,ひいては進行中の上場計画が更に遅れることも懸念されるため,是が非でもそれを回避しようと,あえて各施策の意味合いを曲げて証言していたものと理解することができ,信用できない,と判断されています。
なお,証人となった警察官は,「逮捕前だと思うが,A社等に上場計画の有無について問い合わせたところ,回答できないとの回答があったと聞いている。」と証言しています。また,A社等は,裁判所からの要請に対しても,上場準備に関する客観的資料の提出を拒んだとされています。
これらから,警察も検察も株式上場に至る基本的な事項・一般的なスケジュールについてさえ捜査をすることなく,かつ,A・B両社に対し,欺罔行為とされるダイレクトメールの内容が真実か否かを確認することもなく,被告人らを逮捕・勾留して起訴したことが明らかです。
逮捕・勾留,起訴の根拠としたのは,平成18年春から夏までにA・B両社が上場されていなかった事実と,上場の計画が頓挫したり遅れたりしないようにと考えて上場準備の事実をひた隠しにしていたA社等の上記警告書やホームページの記載,そして,現金等を欺し取られたという被害者らの供述であったと思われます。
しかし,被告人らが被害者らに送ったダイレクトメールをよく読めば,被告人らは,「平成18年春~夏をめどに準備中です。」としか記載していないことが明らかであり,これらは大手経済新聞の記事等にも同様の記載がありましたから,これが虚偽であって,被告人らも虚偽性を認識していたと立証するには,相当綿密な捜査が必要であったと思われますが,そうした捜査が行われた形跡はありません。

2 本件の内容

本件は優良企業の現物株の売買の事件であり,被告人らは,A社等の元従業員らから実際に未公開株を入手できたことから本件勧誘に及んだもので,現物株を所持していないのに所持しているかのように装ったとか,無価値なものを高い価値があるかのように装ったというものではありませんでしたし、勧誘の文句も経済新聞や雑誌の記事と同じような内容にすぎませんでした。
裁判所は、この点について、「本件においては、未公開株の購入という投機行為の勧誘が詐欺に当たるかどうかが問題となっているところ、投機行為によって利益を得られるか、損失を被るかについては、将来の相場の変動等の状況によるのであって、絶対に安全かつ有利な取引は存在せず、一定程度のリスクが内在することは当然の前提である。そのリスクが現実化した場合の不利益は投資家において負担するのが原則である。また、投機商品を買ってもらいたいと願う者は、自分なりの相場観を提示して勧誘するのが通例であるところ、勧誘する側においても将来の相場を確実に予測することはできないのであるから、将来の情勢等について単に予測を述べたにすぎないのであれば、投資家の側で利益実現が不確実であることを認識すべきであって、そのような勧誘文言を信じたとしても詐欺罪は成立しない。」「当該会社が上場するかしないか、上場するとしていつ上場するかは、未公開株取引に当然内在するリスクであり、売り主において左右できる事柄でもないから、そのリスクが現実化した場合でも、それは投資家において責任を負担しなければならない。」「本件のような未公開株取引のうち、刑法上の欺罔行為として処罰の対象になるのは、交付する株券自体が無価値なものである場合や、購入の判断の基礎となる重要な事項に関して、殊更事実を虚構した場合など、販売行為の態様、購入者の属性、被告人らの主観的認識等に照らして、違法性が強い場合に限定されると解するのが相当である。」としています。極めて常識的な判断だと思いますが,本件捜査機関が,未公開株の売買の特性を意識した検討や捜査を行った形跡はありません。

3 杜撰な捜査

本件購入者らがA社株等の購入を決意した事情についての捜査も杜撰なものでした。
裁判所は,各購入者(被害者)について,捜査官の誘導(誤導)により,「A・B両 社には全く上場予定がない」という認識の下で捜査官により供述調書が作成され,同じ 内容を法廷で証言しているものと解される,と判断しています。
本件の各購入者は、医師、弁護士、会社経営者等で、いずれも投資適格者であって,本件は,一般人や高齢者に狙いをつけた詐欺事案とは様相を異にしているものでしたが、捜査機関がその点を意識して購入動機等の捜査を行ったとは到底思えません。
被害者は,法廷において,「仕事上A社等と関係があり,A社等の株式であるから購入した。ダイレクトメールが送付される以前からA社等の株を購入したいと考えていた。資料請求用のファックスを読んだ段階で購入の意思を固めた。上場してもすぐに売却するつもりはなかった。」などと証言しており,いずれも上場時期について強い関心を寄せていたとは認められず,時期を明示せず,単に「上場準備中」と記載されていたとしても結局本件株を購入していたのではないかと考えられる、と認定されています。
そもそも捜査機関は,確かな根拠もないのに,A社等に上場の予定も準備もないと信じ切っており,「上場予定がないことを知っていれば株は買わなかったか」と質問すれば,被害者らが「買わなかった」と答えるのは当然でしょう。こんな調書を何通作成しても何の意味もありません。

4 被告人らの故意・認識についての捜査

被告人らの故意・認識についての捜査もひどいものでした。
被告人は,逮捕当初は,「私は,これらの会社の株式は近々上場すると信じています。」「欺すつもりはなかった。」などと供述していましたが,その後,「上場するかどうかについては,噂話を聞いていたが,A社の方で上場予定がないとしているくらいで,上場時期についてはもちろん,上場することの根拠もない状態でした。」などと供述し,詐欺の犯意を認めるかのような供述をするに至りました。
裁判所は,被告人の捜査段階の調書の信用性を否定するに当たり,「警察官と検察官は,A社らは上場しないという前提で取調べを行ったことを認める証言をしており,そうすると,警察官らは,上場予定があったのに,これをないと伝えて取調べに当たったことになるので,その結果得られた供述は,誤導されたものとして信用性に欠ける。」としています。
さらに裁判所は,取調べに当たった警察官と検察官の証言等を引用していますが,その内容は,驚くべきものです。
警察官は,「被告人が取調の際に,経済新聞の記事,証券会社がA社の大株主になったこと,取締役会で取締役が発言したこと等上場を窺わせる根拠について話をしたが,調書には残さなかった。調書に残さなかった理由は特にない。」「お前が何といおうとお前がやったことは詐欺だ,という取調べは一部あった。」「逮捕前だと思うが,A社等に上場計画の有無について書面か電話で問い合わせたところ,回答できないと回答があったと聞いている。それ以降は照会しても無駄だと思ったので,照会していないのだと思う。」「逮捕の際には,A社等の上場予定を否定する証拠はありません。」「被告人は悪事とか騙しということは述べていなかったが,犯罪を立件するために,少しでも書類をそれに近いものにしたいという,刑事としての考えです。」と証言しています。
裁判所は,「検察官は,警察にA社が上場する予定がないというのは会社の方で大丈夫なんですね,と口頭で確認したところ,警察から,間違いないです,A社の方で上場しないといっている,との報告を受けたことを鵜呑みにした。」とし,検察官として罪体立証の根幹部分についての検討を尽くさないばかりか,押収してある被告人作成のリーフ(ママ)等も一瞥しただけで,十分な裏付け捜査をしていない,と認定してしています。
警察官も検察官もよくこれほど正直に証言したものだと感心しますが,この事件については,自白らしきものしか証拠がなかったのに、裏付け捜査もせずに起訴したことを捜査機関が認めているわけです。

 この事件の無罪報告をざっと聞いたときには、思わず笑ってしまったものでしたが、捜査機関は極めて深刻な事態に陥っているといわざるを得ません。
 行うべき捜査をほとんど行わず、実態と乖離した押しつけの供述調書を作成して、証拠は十分であると判断して起訴したとしたなら、言語道断です。この事件の決裁官もなんの指導もしていなかったと思われ,真にお粗末でした。

 こういう事件の事前相談を受けた場合,検察官・警察官が専門的な知識(業界の常識といってよい)を持ち合わせていないなら,まず書物を読んで勉強し,専門家に話を聞いても恥ずかしくないくらいの基礎知識を身に付けて,専門家から業界の実情を聴取する必要があります。一般的な上場スケジュールや上場スケジュールが遅れがちなこと等はすぐに分かるはずです。併せて未公開株売買の実情やその意味合いも聴取すべきです。
 本件において,検察官はA社等に直接問い合わせることなく,警察に確認しただけで,上場の計画はないと判断したようですが(本件判決は,警察が半ば意図的に誤った情報を検察官に伝達していたことになる,といっています。),全く話になりません。直接A社に赴くなどして保秘を約束して真相を解明すべきです。A社の担当者が,「実は上場の準備中です。」と答えれば,強制捜査に着手すべきではないという結論を出し,上場準備中という情報は外に出さなければいいわけです。仮にA社がどうしても答えられないということであれば,被疑者・被告人の利益に判断せざるを得ないということになるでしょう。
 また,検察官は,被告人がA社等の上場に関する情報を収集して記載していたメモ(判決書のリーフ)を一瞥しただけで,裏付け捜査を行っていないと認定されています。物読みの重要性は別の項でも書いていますが,物をよく読んで裏付け捜査をしていれば,A社等が上場準備中であることや,少なくとも被告人らが上場準備中であると信じることにはそれなりの理由があること,すなわち詐欺の故意を立証するには相当ハードルが高いことが分かったはずです。
 警察・検察による取調べも,客観的事実に反することや被疑者の認識と異なることを無理矢理あるいは誤導して認めさせ,調書を作成したようであり,全く話になりません。  なお,本件警告書は,A社らの顧問弁護士が被告人らに宛てて発出したもので,いわば個人的な警告文書であり,誇張や事実と異なる部分があることを前提としてその証拠価値を判断しなければなりません。A社らが責任を持てるのはホームページ上の記事だと思われますが,そこには「当社は上場に関しての具体的な予定は決まっておりません。」と記載されており,嘘にならないようにかなり微妙な言い回しをしています。これらを詐欺を立証する重要な証拠と位置づけることはできないでしょう。
 最後に裁判所についても注文があります。本件の判決書は,控訴審で新たな証拠が提出されることを心配したためだと思われますが,極めて詳細なものとなっています。一審の検察官立証が不十分であれば,その時点では立証不十分だとして無罪を言い渡せばよいのであって,高裁で提出されるかもしれない証拠のことまで考えて判決を書く必要はないと思います。余計な気を使わなければ,もっとあっさりとした無罪判決が書けたはずだと思います。