否認と裏付け捜査

 私は,経験上,日本人は自分がやってしまって罪悪感を抱いている事実について,やっていないなどとそうそう言い通せるものではなく,少しずつかもしれませんが,話をするものだと思っています。初めから全てを「自白」する人も少ないでしょうが,実際にやったことを知らぬ存ぜぬと嘘をつきとおせる人も同じように少ないと思います。実際に犯罪を犯しているのに否認を続ける人がいるとすれば,取調べる側の説得がへたか不足しているのだと思いますし,そう思っていました。

 そうであるとすると,「否認は最高の警戒警報」だということになります。否認を通しているということは,理由があるはずであり,本当に犯罪を犯していない可能性があるということを強く意識して捜査し,あらゆる証拠を検討して慎重に処理すべきです。
 私が検察官をしているとき,よくいっていたのは,「弁解を封じ込めてはいけない。弁解はしてくれるほどありがたい。弁解が本当か捜査し,その裏付けが取れれば不起訴にすればいいだけだ。弁解の真偽が分からなければ,起訴しなければいい。弁解が嘘であれば,その供述に反する証拠が集まるだけだ。」ということでした。
 上司が,「そんな弁解は嘘だ。とっとと認めさせろ。」といっても,それに従うのではなく,弁解をよく聞いて,できる限り裏付け捜査を行うべきだと思います。そしてその捜査結果を踏まえ,被疑者を説得すれば,実際に犯罪を犯している被疑者は少しずつかもしれませんが,真実を語り始めるはずです。
 また,被害者や参考人が嘘をつかないという保証はありません。被害者と被疑者がいっていることが相反するとき,被害者だからその供述が正しいということには決してなりません。ここでも裏付け捜査をしてどちらが正しいかを見定めなければなりません。特に告訴事件はいろいろな思惑が働いている可能性があるので,慎重な捜査・処理が必要です。

 捜査の端緒には,告訴,告発,被害届,投書,内部告発,風評,新聞・雑誌の記事,他事件の捜査,変死体の発見,現行犯人の発見,自首など様々なものがあります。変死体の発見や他事件の捜査中に新たな犯罪事実を把握した場合等は別にして,告訴,告発等にはそれを行う側の思惑がありますから慎重な捜査・検討が要求されます。自首でさえ誰かをかばっている可能性が否定できません。
 わいせつ事件などの告訴事件は,要注意事件の典型で,(1)被害者は誰に対して初めに被害を打ち明けたか,その内容はどのようなものであったか,(2)被害を打ち明けるきっかけはどういうことであったか,(3)被害者の真意による告訴か,(4)告訴に至るまでに第三者の関与がないか,(5)どういう経過で告訴することになったのか,(6)被害者以外の者の言動が被害者の供述内容に影響を与えていないか(特に子供の場合),(7)被害にあってから告訴までの期間が長すぎないか,期間が経過したことに合理的理由はあるか,(8)告訴内容を裏付ける証拠はどの程度あるか,(9)相手方に金品の要求等が行われていないか,(10)メール等の物証は残されていないか,(11)メール等の内容は告訴事実と矛盾しないか,(12)被害及び被害の前後の被害者の言動に不自然・不合理な点はないか,(13)供述に変遷はないか,ある場合には合理的理由があるか等について慎重に検討し,捜査処理を行わなければなりません。
 捜査・処理に当たっては,任意捜査が原則でることを常に意識し,被疑者・被告訴人の弁解・供述に十分耳を傾ける必要があることはいうまでもありません。