[事例] PC遠隔操作事件

 平成24年から同26年にかけて問題となったパソコン遠隔操作事件は,「自白」が重要であることを如実に示した事例であったと思います。
 この文章を書いている段階では,被告人が自らの公判中に,被告人以外の真犯人がいることを装うため,スマートフォンのタイマー機能を利用して「真犯人からのメール」を報道関係者等に送ったものの,そのスマートフォンを河川敷に埋めているところを尾行していた捜査官に目撃されていたことを知り,いずれ自己の一連の犯行が立証されることになってしまう(言い逃れはできない)と観念して,自殺を企てたものの死にきれず,弁護人に対し,「すみません。私が真犯人です。」といって一連の犯行を告白したという状況になっています。

 被告人は,保釈を取り消されて収監され,今後捜査機関による取調べや公判において被告人質問が行われ,被告人が本当に犯人であるか否かも含め,真相が明らかになると思われます。被告人とともに徹底的に起訴事実を争ってきた弁護人に対する告白であり,被告人が一連の威力業務妨害等の事件の犯人であることは現時点では間違いないように思われます。

 この被告人が起訴される前には,4人の男性が無差別殺人等を内容とする脅迫メールを送信したとして威力業務妨害等の容疑で逮捕・勾留され,そのうちの2人は,自分が犯人であることを認め,動機等まで供述していました。しかし,パソコンのデータ解析等により,4人の男性のパソコンが何者かによって遠隔操作され,脅迫メールが送信されていることが判明したため,2人は釈放されて不起訴になり,すでに起訴されていた男性については公訴が取り消され,すでに家庭裁判所で保護処分を受けていた少年については保護観察処分が取り消されました。警視庁,大阪府警,神奈川県警,三重県警が,それぞれ1名の男性を誤認逮捕し,大阪地検と横浜地検が,起訴と家裁送致をしていたのでした。虚偽の供述をさせられていたのは警視庁と神奈川県警に誤認逮捕された男性でした。
 これらの事件等の真犯人として逮捕・起訴されたのが被告人でした。被告人は,逮捕を繰り返されましたが,自分もパソコンを遠隔操作されたものであって犯人ではないとして一貫して容疑を否認し,録音録画をしなければ取調べには応じないとの方針をとり,ほとんど取調べが行われないまま起訴され,その後保釈されるまで接見禁止がつけられたまま1年以上勾留されていました。
保釈については,弁護人側が,検察官請求証拠を全て同意しているのに,検察が「保釈すれば真犯人を装ったメールを送るなどの罪証隠滅行為を行うおそれがある。」として保釈に反対し,高裁が認めた保釈決定に対し,検察が特別抗告するという異例の対応も話題になりました。

 私は,パソコンを遠隔操作したり,一連のメールを報道機関等に送りつけたりした人物(サイバー空間の人物)と,映像で映し出される被告人の容姿や現実に被告人がとったとされる行動(猫の首に証拠物を取り付けたり,山頂に証拠物を埋めたりし,それが捜査機関側に簡単に把握されていた,現実空間の人物)との間に強い違和感を感じ,被告人は真犯人ではないのではないかと思っていましたし,報道やインターネットで知る公判の模様から判断すると,やがて立証不十分だとして無罪判決が出るのではないかと考えていました。検察官は,多数の情況証拠を積み重ねることにより本件が被告人の犯行であることを立証しようとしていましたが,警察の捜査のずさんさや検察の主張が必ずしも証拠に基づくものでないこと等を弁護人から指摘され,かなり苦戦しているという印象を持っていたのでした。被告人が犯人かどうかは分からないけれども,被告人が犯人であっても犯人でなくても,いずれにしても被告人は,検察の主張・立証の間違っていたり,的外れである部分を知っているわけで,そういう点をうまく反証していけば,弁護人側が無罪を勝ち取ることは可能だろうと考えていたわけです。

 被告人が告白した後,弁護人は,被告人には精神的・人格的な障害があったようであると明らかにしていますが,被告人は,サイバー空間では緻密な思考をし高度な技術を持った人物であるが,現実空間では幼稚で稚拙な思考・行動をする人物であったということになるようです。そして,被告人は,「犯人になってしまうとブレーキがきかなくなる」「自分はサイコパスだ」と弁護人にいったそうです。
 被告人は,保釈後,警察に監視されていることも認識していたようですが,弁護人に内緒でパソコンやスマートフォンを入手し,「真犯人からのメール」を作っていたことや,有罪判決が出たら「真犯人からのメール」を送ろうと考えていたが,早く裁判を終わらせたくなってフライングしてしまったという趣旨の告白もしたということです。
 保釈中の被告人であるという自己の置かれた立場を十分認識しながら,どうにも我慢できずにサイバー空間に行って「真犯人からのメール」を準備し,現実空間に戻って送信に使ったスマートフォンを河川敷に埋めるという稚拙な行動をとってしまったということでしょうか。もっとも,最後の「真犯人からのメール」は公判で追い詰められた被告人が苦し紛れに書いた「弁解のためのメール」のようにも読めます。なお,捜査機関側のリークにより,「真犯人からのメール」が被告人による自作自演だという内容の報道が行われ,被告人と弁護人の連絡が取れなくなったり,被告人が自殺をするおそれが生じたりしました。密かに保釈の取消決定を得て,被告人の身柄を確保してからその旨の発表をすべきだったと思います。
 いずれにしても今後被告人が「自白」することにより真相が明らかになるはずです。
 検察・警察は,前例を作りたくないという理由からでしょうが,録音録画すれば取調べに応じるという弁護人側の要請を拒否し,ほとんど取調べを行いませんでした。どうせ事実を供述することはないだろうという考えがあったのかもしれませんが,それでは自白を得ることは不可能であり,捜査機関が真相解明を自ら放棄したのも同然です。

 検察が,猛烈に反対した保釈が許可されたことにより,結果的に被告人の「自白」が得られ,事件の真相が明らかになろうとしています。