人質司法

 人質司法という言葉は,もちろん法律用語ではなく,定義があるわけではありませんが,日本の刑事事件の手続においては,警察や検察の考える犯罪事実や犯人性を被疑者・被告人が否定している場合には,勾留による身柄拘束が長期化し,保釈や釈放がされにくい現状があるという,日本の刑事司法制度の実態を説明するときに使われている言葉だと思います。

 ある被疑者・被告人は,犯罪をした覚えはないけれども,「否認のまま起訴されると勾留が続き,少なくとも検察側の立証が終了するまでは裁判所が保釈を許さない現状にあるから,早く認めた方が君のためだ。」「認めれば罰金で済んで早く出られる。」などという説得を警察官,検察官から受け,あるいはそういう説明を弁護人からもされると,早く社会に戻りたいので,自分の意思に反し事実とも違うけれども犯罪事実を認めてしまおうと考えても不思議ではありません。冤罪の危険性が潜んでいるわけですが,こういう例はたくさんあると思います。

 ある被疑者・被告人は,人質司法の現状は知っているけれども,犯罪を行ったつもりは全くないので勾留が長期化することを覚悟で捜査段階でも公判段階でも自己の認識・主張を曲げずに否認を続けた結果,実際に何か月間もあるいは何年間も勾留されるということが起こり得ます。このような場合,ほとんどが結果的に有罪判決を言い渡され,極まれに無罪判決が出るというのが現状です。被疑者・被告人から見れば,犯罪の実態に見合わない,かつ,必要性のない,不当な暗黒の身柄拘束が続くわけです。
 刑事訴訟法89条は,「保釈の請求があったときは,次の場合を除いては,これを許さなければならない。」と規定していますが,検察官,裁判所は,被告人が否認していると,「被告人が罪証を隠滅すると疑うに足りる相当な理由があるとき。」という同条4号を盾に保釈を認めないわけです。
 検察官が罪証隠滅のおそれがあると主張するのは,その立場上仕方ない面があるとしても,裁判所には本当に罪証隠滅のおそれがあるのか真剣にそして具体的に考えてほしいと思います。裁判所は,いったい何を恐れて検察官の主張に追従するのでしょうか。
 検察官も「否認しているからけしからん。認めるまで絶対に保釈は許さない。」などと考えてはならず,また,抽象的に罪証隠滅のおそれを主張するのではなく,事案に即して具体的にそれを指摘し,被告人側も納得できるような論理を展開し,公益の代表者としての職責を果たすべきです。

 

 最高裁判所は,平成26年11月18日,保釈許可決定に対する抗告の決定に対する特別抗告事件の決定において,「抗告審は,原決定の当否を事後的に審査するものであり,被告人を保釈するかどうかの判断が現に審理を担当している裁判所の裁量に委ねられていること(刑訴法90条)に鑑みれば,抗告審としては,受訴裁判所の判断が,委ねられた裁量の範囲を逸脱していないかどうか,すなわち,不合理でないかどうかを審査すべきであり,受訴裁判所の判断を覆す場合には,その判断が不合理であることを具体的に示す必要があるというべきである。しかるに,原決定は,これまでの公判審理の経過及び罪証隠滅のおそれの程度を勘案してなされたとみられる原々審の判断が不合理であることを具体的に示していない。本件の審理経過等に鑑みると,保証金額を300万円とし,共犯者その他の関係者との接触禁止等の条件を付した上で被告人の保釈を許可した原々審の判断が不合理であるとはいえないのであって,このように不合理とはいえない原々審の決定を,裁量の範囲を超えたものとして取り消し,保釈請求を却下した原決定には,刑訴法90条,426条の解釈適用を誤った違法があり,これが決定に影響を及ぼし,原決定を取り消さなければ著しく正義に反するものと認められる。」との判断を示しました。大いに参考にすべき決定だと思います。

 検察官と被告人・弁護人は,決して対等な当事者ではありません。初めから弱い立場にある弁護人にとっての最も重要な武器は,被告人自身です。被告人と弁護人がいつでも綿密な打ち合わせができる状態になって始めて検察官の持つ装備に近づけるのであって,検察官も裁判所も,具体的な理由もないのにそれを妨害するようなことをすべきではないと思います。このことは,弁護士になれば容易に実感できますが,検察官も裁判官も想像力を少し働かせれば理解できるはずです。
 なお,私は検察官でいたとき保釈許可の決定に対し,(準)抗告をした記憶はありません。検察官には,被告人を人質にとったりせず,武器を持った弁護人と法廷で堂々と渡り合ってもらいたいと思います。