[事例] 殺人事件

 被害者の遺体発見現場の近くに住み,同じような前科がある被告人が,殺人等の容疑で逮捕,起訴されましたが,被告人は,捜査公判を通じ身に覚えがないとして否認していました。警察は,逮捕前に被告人宅等の徹底した捜索差押えを行いましたが,凶器はもとより,被害者の所持品・毛髪・血痕等の物証を得ることはできませんでした。逮捕の根拠となったのは,不鮮明な防犯カメラの映像と遺体発見現場付近で被害者と被告人に似た男が一緒にいるのを見たという複数名の目撃者の供述でした(もちろん被告人に同種前科があることも逮捕するに当たっての重要な「証拠」のひとつとして評価されたと思います)。防犯カメラの映像は,もともとそこに映っている人物が被告人であると認定できるような代物ではありませんでしたから,公判では,目撃者の証言の信用性が熾烈に争われました。

 ところで,本件目撃証人のひとりは,被害者の遺体が発見されて間もなく行われた捜査の段階では警察官に対し,被害者と一緒にいた男について,若くて目が丸かったなどと供述していましたが,最後には被告人の人相と合致する目が細い男で年齢はよく分からないなどと供述を変遷させていました。
 被害者や目撃者の供述の信用性を判断するためには,その人たちが初めにどういう供述をしていたかを確認することが極めて重要です。警察が犯人像を絞り込んでいない段階であり,警察による誘導・暗示やマスコミ等の報道による影響も受けておらず,事件発生から間もない記憶の鮮明な段階における生の供述だからです。本件における目撃者のひとりの初期供述は,被告人とは全く別の人物を表現するものでしたが,変遷を重ねて被告人に似る人物を表現するようになっていったのでした。
 検察官は,目撃者の最終的な供述内容が正しいと判断して起訴したのでしょうが,警察官に対する供述と検察官に対する供述の内容には大きな違いがあることが裁判で明らかとなり,裁判所は,このことも理由のひとつとして目撃者の証言の信用性を否定しました。

 目撃者の警察官調書なり警察官が目撃者から聞いたことをメモしたノートなりが弁護人に開示されなければ,弁護人は目撃者証人に対する有効な反対尋問ができなかったかもしれませんし,裁判官も目撃者の供述が変転していることを知らずに供述の信用性を認めていたかもしれません。この事件を担当した検察官は,目撃者の警察官に対する供述内容が分かる調書等を弁護人に開示したからよかったのですが,検察官が,「そのような調書は存在しない」などといって開示に応じなかったなら,裁判所は違う判断をしていたかもしれません。初期供述を知るには証拠開示が是非とも必要です。

 この事件では,被告人の捜査段階における供述の内容も問題となりました。被告人は,警察に対し,自分は犯人ではないと一貫して主張していましたが,自分にかけられた嫌疑を他に向けさせようと考えたためだと思われますが,「知人のAが犯行現場付近で被害者の持ち物と思われるポーチやパンティなどを捨てるのを見た。」と嘘の供述をしました。

 捜査機関は,この虚偽供述を逆手にとって,被告人にAが捨てた物の特徴を詳細に供述させ,「被告人が,犯人でなければ知り得ないことを知っていた」とか「被告人が,それを知り得る者としては犯人の他にはほとんど考えられないような事柄を知っていた」と裁判で主張するために,遺留品の特徴を詳細に供述する内容の供述調書を作成することにした,と思われます。
 仮に被告人が,捜査機関から,「君が供述する,Aが被害者の持ち物を捨てるのを見たという話が本当なら,捨てた物の特徴を供述できるはずだろう。曖昧な供述では君の話を信じるわけにはいかない。」などといわれれば,捜査機関の反応を見ながらポーチやパンティの特徴を徐々に詳しく供述していっても不思議ではありません。
 捜査機関は,被害者の遺留品を入手しており,その特徴を知っていましたから,被告人に対していろいろな反応を示しながら,被告人を「正解」に導くことが可能です。
 公判では被告人の供述調書の信用性等が争われましたが,裁判所は,「警察官作成の(開示された)取調べメモ等によれば,被告人は,ポーチやパンティの色等の特徴を当初から明確に述べていたものではなく,当初は曖昧な供述であったものが,多数回にわたる長時間の取調べの過程で,次第に具体的な供述に変遷していったものであることが見て取れる。意識的にせよ無意識にせよ,捜査機関により示唆ないし誘導が行われ,それが被告人の供述に影響した可能性を完全に排斥することはできないから,被告人が犯人でなければ知り得ないことを知っていたとか,それを知り得る者としては犯人の他にほとんど考えられないような事柄を知っていたなどとは認め難い。」と判断しました。

 真相を解明すべく犯人に真実を語らせるための取調べと,捜査機関が犯人であると決めつけた者を有罪にするための材料(証拠)を作りだすための取調べは,全く異質なものです。被告人が犯人であることを立証するに足りる証拠がある場合(被告人が他の証拠により犯人であると認められる場合)には,被告人の虚偽の弁解内容を固定したり,被告人が捜査段階で虚偽供述をしていたことを明らかにするため,供述調書を作成することはありますし,そうすることに特に問題はないと思います。
 しかし,本件の場合,被告人が犯人であることを示す客観的な証拠は皆無でしたし,目撃証言にも先に述べたように問題がありました。そのような中で行われた遺留品に関する本件取調べや調書の作成は,姑息な汚れた手法の取調べだと批判されても仕方ないと思います。
 検察官は,真相を語らせるための取調べを全力で行うべきであって,わざわざ詳細な嘘の供述をさせて調書を作成し,それを証拠の薄い事件の有罪立証に使おうなどと考えるべきではありません。検察官は,公正であるべきです。

 本件裁判で,検察官は,その他にもいくつかの理由を挙げて被告人以外に犯行を行える人物はいないと主張しましたが,採用されず,無罪が言い渡されたのでした。
 仮に被告人が真犯人であったとしたら,不適切な捜査・公判が行われたがゆえの裁判結果であるといわざるを得ないと思います。

 初期供述に関連する問題として,「写真面割り」「面通し」の問題がありますから,ここで触れておきたいと思います。
 写真面割りについては,過激派によるいわゆる内ゲバ事件が頻発していた時代の東京高裁判決(昭和60年6月26日)が参考になると思います。同判決は,目撃者による犯人と被告人との同一性識別につき,目撃者の原記憶の言語による表現が基本となるものではあるが,言語表現には,目撃者の表現力不足等による不正確な人物描写のおそれや表現の困難な印象が存在すること等を考慮すれば,目撃者の原記憶を知るについて言語表現のみに多くを依拠するのは適当でなく,むしろ写真の利用が考えられてよい,との立場に立っています。
 そして,同判決は,写真面割りが捜査官等の暗示の影響を受けることもあるなどの危険もあることから,その正確性を担保するための基準が必要であるとし,その基準として,

  1. 識別者(目撃者)の誠実性
  2. 目撃条件が良好であること
  3. 早期に行われた写真面割りであること
  4. 写真面割りの全過程が十分公正さを保持していると認められること(特に写真の性状,写真の提示の方法に暗示,誘導の要素が含まれていないこと。捜査官において犯人らしき特定の者を指摘する等の暗示,誘導を行っていないこと。)
  5. なるべく多数者の多数枚による写真が使用されていること
  6. 提示された写真の中に必ず犯人がいるというものではない旨の選択の自由が識別者に確保されていること
  7. 識別者に対し,後に必ず面通しを実施し,犯人の全体像に直面させた上での再度の同一性確認の事実があること
  8. 以上の識別は可及的相互に独立した複数人によってなされていること

を挙げています。なお,写真面割りの効果は第一次選別を重視すべきである,としています。これは,初期供述の重要性について述べたのと同じ理由であると思います。
 また,面通しについても,写真面割りと同じような基準が必要であると考えてよいと思います。

 写真面割りや面通しを行うのは主に警察ですが,検察官としては,上記基準のうち⑷がきちんと実行されているか否かについて最も注意すべきだと思います。
 特に犯人がある程度絞られてきた段階における面割り・面通しは危険を伴い,冤罪事件を生みかねないことを強く意識すべきです。連日警察車両に乗せられ,同じ人物が通るのを遠巻きに見せられて,「あなたが目撃した犯人はあの男ではないか。よく見て思いだしてください。」などといわれ続けて,「いや違います。」と自己の記憶どおり供述を維持できる目撃者がどれほどいるでしょうか。
 検察官は,目撃者を取調べるに当たっては,写真面割りや面通しの実施状況を詳細に確認し,同一性識別の正確性・信用性を判断すべきであって,「警察では間違いないといいましたが,実は自信がないんです。」と供述する目撃者を説得し,「犯人はこの男に間違いありません。」などという供述調書を作成するようなことを決してすべきではありません。