[事例] 袴田事件

 静岡地方裁判所は,平成26年3月27日,いわゆる袴田事件の第2次再審請求につき,再審を開始する決定をしました。決定は,「弁護人が提出した証拠,とりわけ,5点の衣類等のDNA鑑定関係の証拠及び5点の衣類の色に関する証拠は,新規性の要件を満たす。またそれは,最重要証拠であった5点の衣類が,袴田のものでも,犯行着衣でもなく,後日捏造されたものであったとの疑いを生じさせる。これらは,無罪を言い渡すべき明らかな証拠に該当する。」とし,さらに,「袴田は,捜査機関により捏造された疑いのある重要な証拠によって有罪とされ,極めて長期間死刑の恐怖の下で身柄を拘束されてきた。無罪の蓋然性が相当程度あることが明らかになった現在,これ以上,袴田に対する拘置を続けるのは耐えがたいほど正義に反する状況にある。」として,死刑の執行のみならず,拘置の執行も停止し,関係者のみならず社会に衝撃を与えました。私は,この決定を支持するものですが,この再審開始決定には証拠開示が多大な貢献をしていると思います。

 もちろん,第2次再審請求において,弁護人が提出したDNA鑑定の結果によれば,5点の衣類の血痕は,袴田氏のものでも,被害者4人のものでもない可能性が相当程度認められるとされたことも,再審開始の大きな要因となっていることは間違いありませんが,第2次再審請求後に検察官が開示した多数の証拠の中に確定判決の判断を揺るがす新たな証拠が含まれていたことが再審開始を決定づけたと思います。

 その1つは,5点の衣類の中のズボンのサイズに関する報告書や供述調書です。袴田氏がそのズボンの現物をはけなかったことは確定審の実験で明らかになっていましたが,確定審においては,ズボンには「寸法4,型B」と記載された布片が縫いつけられていて,腰回りは縫製時約83センチメートルとされ,実験時にはズボンがみそ漬けされた後乾燥して縮んだためにはけなかったのだと認定されていました。ところが開示された証拠によれば,「B」というのは色を表す表示であり,ズボンは細身用の「Y体」であり,実験どおり,とても袴田氏がはけるものではないことが明らかとなったのです。
 2つ目は,衣類の写真です。確定審では,衣類の白黒写真や不鮮明なカラー写真しか証拠とされていなかったのですが,第2次再審請求後に新たにカラー写真が開示され,1年以上みそ漬けされていたにしては,衣類の色が不自然に薄いことが明らかとなったのでした。弁護人による実験によれば,みそに1年以上漬けた衣類は,正にみそ色に染まっていました。

 DNA鑑定の結果にかかわらず,犯人が犯行時着用していたとされるズボンを袴田氏がはくことができないのですから,袴田氏は犯人ではないということにならざるを得ません。犯行時犯人が着用していたとされる着衣が,みそタンクに1年以上隠された後に発見され,発見されたときの色が薄く,とても1年以上みその中にあったとは認められないことが明らかになったのですから,袴田氏が逮捕された後,衣類が発見されたときに近い時期に,みそタンクに入れられたのではないかと思わざるを得ません。本件再審決定は,ほかにもいくつかの理由を挙げて警察による証拠の捏造の疑いを指摘しています。

 なお,よく検察が証拠を隠していたという批判を聞きますが,それは,全ての証拠が警察から検察庁に送られていることが前提になっています。しかし,検察官が,こういう証拠はないかと警察に問い合わせ,初めはないと答えていたのに,何度も確認して始めてありましたという答えが返ってくることもあるわけです。警察が,こんな証拠を送ると起訴してもらえなくなると考えて,大事な消極証拠を送ってこないこともあり得るわけです。そういう事態が起こらないようにするには,現場の警察官と信頼関係を築かなければなりません。十分信頼できない場合には,たとえば参考人を取り調べるときに,「警察では何回調べを受けて,調書は何通作りましたか。」と聞いて確かめるなどすることも必要です。注意してください。

 袴田事件において,検察官は,初め袴田氏は犯行時パジャマを着ていたと主張していましたが,みそタンクから5点の衣類が見つかると,それが犯行時の着衣であると主張を変えました。袴田氏の供述調書は,ほとんど全て任意性・信用性を否定されました。このような事件を捜査・起訴し,公判を遂行した検察・警察の責任は重大ですが,裁判所の責任も極めて重いと思います。再審請求段階で証拠を開示した検察の対応は,遅きに失したとはいえ,正しいものだったと評価できると思います。