結末

 1998年(平成10年)2月19日,霞ヶ関の検察庁舎内で,NHKの国会中継を見ていると,自民党のA代議士が自殺を図ったとのテロップが流れ,本会議場にいてメモを受け取った総理のこわばった表情が映し出されると,まさかと思っていたA代議士自殺の情報が正しかったことが分かり,愕然としました。その日,検察は,A代議士の逮捕許諾の手続をとっており,夕刻には衆議院本会議で議決される見通しでした。

 私は,この2月19日の数日前に都内のホテルでA代議士の取調べを行いました。有価証券取引について,A代議士がB証券会社に対し,利益の提供を要求し,B証券が約2900万円の利益を提供したという証券取引法違反の容疑での取調べでした。A代議士は,友人の名前を使った借名口座で有価証券取引を行い,儲けさせてもらった事実は認めたものの利益提供を要求したことはないと供述していました。証券取引法上(現在の金融商品取引法も同じ。),有価証券取引での顧客の損失を補てんしたり,顧客に利益を追加するため,財産上の利益を提供してはならないとされていますが,顧客が処罰されるのは,顧客の「要求による場合に限る。」とされています。A代議士は,この要求の点を否定していたわけです。A代議士は,事実関係のほか出自や経歴等についても雄弁に語り,自ら命を絶つことを考えているような様子は全く見られませんでしたし,そのような事態に至ることを予見させる言動も全くありませんでした。

 私は,A代議士が供述するとおりの供述調書をその場で作成しようと思いましたが,A代議士は,「検事さん,調書を作っても今日は署名はしませんから,無駄ですよ。今後も取調べには応じますから,いつでも呼んでください。」などといっていましたので,その日の取調べを終了して帰庁し,上司にその旨の報告を行いました。

 後に述べますように,A代議士はそれまでにいろいろな証拠隠滅工作を行っていたことが分かっていましたし,国会や記者会見等でも同様の供述を繰り返しており,在宅捜査を継続しても真実を供述するとは考えられず,かつ,証拠隠滅工作が行われるのを防止することも困難であると思われましたので,検察は,A代議士を逮捕・勾留して取調べ,事案の真相を解明するという方針を決定し,国会開会中であったため,議員の逮捕許諾手続をとることになったのでした。